論語にある「学びて時にこれを習う、また悦ばしからずや」を座右の銘にしている。小説、文章を通してよく学びたい。

宮藤官九郎が「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本を書くことを、ぼくが知らないので、姉は驚いた。
二文が分かりやすいだろう。宮藤官九郎は「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本を書く。ぼくがそれを知らないので姉は驚いた。
ただ整理するだけでは限界があるので、技巧を加えてみる。宮藤宮九郎が「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本家をすることは知らなかった。姉はそれで驚いた。
不要な主格を省き、「脚本を書く」を名詞にした。これは一文を短くした例だ。次はまとまった文から、意味の重複や不要な部分を省いてみる。宮藤官九郎が昼ドラの脚本を書くって、姉に教えてもらって、はじめて知ったんだけど、姉は「何で知らないの!」って驚いてるぐらいだから、けっこうみんな知ってるんだろうけど、知らなくて、しかも「吾輩は主婦である」ってタイトルで、金の心配をしすぎて夏目漱石が宿ってしまった主婦が家庭やご近所トラブルを解決するって設定らしくて、吾輩は期待で胸がドキドキである。
宮藤官九郎が昼ドラの脚本を書くって、姉に教えたもらったんだけど、「何で知らないの」って驚いてたから結構有名なのかな。「吾輩は主婦である」ってタイトルで、夏目漱石が主婦に宿ってトラブルを解決する話らしい。吾輩は胸がドキドキである。
文章の含蓄でも書いたが、意味の重複する所に気を付けると文を短くできる。また意味をあまり明確にしない方が品がでて好い。お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済[(*1)]だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。
絶妙な課題だ。下線部から意味が取り方がわからず、悪文になっている。しかし何とも言えない気色に富んでいて、味がある。手を加えるべき箇所は一つだ。お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出せば、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。
文章の問題に正解はないが、あえて言えばこう書くのが正しい。正解を一つに絞ることは難しい。見事な課題だ。あ、そうだ。ロココ料理にしよう。これは、私の考案したものでございまして。お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。
「ロココ料理」について説明していたことがわかる。深い課題だ。