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文章を短くする
 ブログ文章術 米光一成|Excite エキサイト ブックス : 一文を短くって言うけどさ1 を見て。

 文は短く書け、とよく言われている。これを鵜呑みにして、とにかく短く書けば好いのだと盲目に信じているようではいけない。その理由を知っておくべきだ。
 往々にして長い文は意味を取りにくいために、悪文となる。また必要以上のことを書いて、言葉を浪費しがちだ。そこでいらない部分を省いたり、構造を整理して文を分けたりする。これが短くするということだ。
 さて、例文を引用して実際に文を削ってみる。
「姉はぼくが宮藤官九郎が『吾輩は主婦である』という昼ドラの脚本を書くことを知らなくて驚いた。」
 分かりやすい悪文だ。主語が三つ続いて意味が取りにくいし、調子が悪い。
 文の意味を整理してみる。
 一、姉はぼくに対して驚いた。
 二、宮藤官九郎は「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本を書く。
 三、ぼくはそのことを知らない。
 四、だから姉は驚いた。
 この文はこれだけのことを言っているのだ。ただ短く書くだけなら、上の一から四をつなげるだけで好いが、それではゴツゴツとした文になってしまう。一文で書くなら、

宮藤官九郎が「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本を書くことを、ぼくが知らないので、姉は驚いた。

 二文が分かりやすいだろう。

宮藤官九郎は「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本を書く。ぼくがそれを知らないので姉は驚いた。

 ただ整理するだけでは限界があるので、技巧を加えてみる。

宮藤宮九郎が「吾輩は主婦である」という昼ドラの脚本家をすることは知らなかった。姉はそれで驚いた。

 不要な主格を省き、「脚本を書く」を名詞にした。これは一文を短くした例だ。次はまとまった文から、意味の重複や不要な部分を省いてみる。

宮藤官九郎が昼ドラの脚本を書くって、姉に教えてもらってはじめて知ったんだけど、姉は「何で知らないの!」って驚いてるぐらいだから、けっこうみんな知ってるんだろうけど、知らなくて、しかも「吾輩は主婦である」ってタイトルで、金の心配をしすぎて夏目漱石が宿ってしまった主婦が家庭やご近所トラブルを解決するって設定らしくて、吾輩は期待で胸がドキドキである。

 下線部分を見てほしい。この四つは意味が重複している。また「金の心配をしすぎて」なんぞは意味がはっきりしない。余程貧乏なのだろうか。文脈からすると、ケチの意味で使っているとも考えられる。とにかく書き直してみる。

 宮藤官九郎が昼ドラの脚本を書くって、姉に教えたもらったんだけど、「何で知らないの」って驚いてたから結構有名なのかな。「吾輩は主婦である」ってタイトルで、夏目漱石が主婦に宿ってトラブルを解決する話らしい。吾輩は胸がドキドキである。

 文章の含蓄でも書いたが、意味の重複する所に気を付けると文を短くできる。また意味をあまり明確にしない方が品がでて好い。
 最後に課題に挑戦してみる。

お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済[(*1)]だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。

 絶妙な課題だ。下線部から意味が取り方がわからず、悪文になっている。しかし何とも言えない気色に富んでいて、味がある。手を加えるべき箇所は一つだ。

お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出せば、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。

 文章の問題に正解はないが、あえて言えばこう書くのが正しい。正解を一つに絞ることは難しい。見事な課題だ。
 さて、小説をよく読んでいる人は句読点の打ち方が太宰治に似ていると思ったかもしれない。検索してみれば太宰治の『女生徒』という小説だった。原文はこうなっている。

あ、そうだ。ロココ料理にしよう。これは、私の考案したものでございまして。お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。

 「ロココ料理」について説明していたことがわかる。深い課題だ。
 文章は無暗に短くすればいいわけではない。わかりやすくすることが大事だ。そのために文を削って、短くする。短くしようと思って、短くするのではない。

記事内注釈
(*1)経済 ここでは倹約の意味。
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2009/04/30(木) 01:29:52 | | #[ 編集]
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